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提言 -これまでの研究生活を振り返って-

(社)日本機械学会,情報・知能・精密機器部門ニュースレター,No.31

■効率がすべてではない・・・大学へ赴任して感じたこと

 早いもので、東京大学に赴任してこの7月でちょうど4年が経過した。大学はもう少しゆったりと研究や教育ができるところと考えていた。長い夏休みや春休みがあって、もう少しゆっくりと考える時間があると信じて疑わなかった。しかしながら、私の勘違いだったのか、大学の運営や競争的資金の獲得などなど、研究と教育のための時間がない。従来から、教授になったら研究と教育の時間はないと冗談半分に云われていたらしいが、国立大学法人となったことで、企業と同様の効率的な運営を求められて、さらに拍車がかかったように感じられる。研究と教育を一緒にして、何でもかんでも、効率を求めるのは間違いではないかと思う。

 大学に異動した当初は、学科の教授会などでの意思決定のあり方に少なからず不満を感じていた。会議が長く、同じことが何回も議論されるのである。悪く云うと、体力勝負のようなところがあって、基本的には異論がなくなるまで続くのである。こんな効率の悪い会議など何とかすべきと思っていたが、最近では少し考えが変わってきた。大学は企業と違って、特に教育においては効率だけがすべてではない。こう考えると、多少の時間はかかっても、こんな大学流の意思決定のあり方も大いに意味があるのではないかと思うようになってきた。大学の雰囲気に毒されたのかもしれない。ここは、皆さんの意見をお聞きしたいところである。

 さて、提言ならぬ愚痴になりそうなので、愚痴はさておいて、これまでの研究生活を振り返って、若い技術者への提言に換えたい。

■基礎研究は苦しいもの

 修士課程を修了して、NTT(当時は日本電信電話公社)研究所に入ったが、以来10数年間は、主として情報機器の運動制御という基礎研究に従事した。特に、情報機器の位置決め技術は、光ディスク、磁気ディスクやプリンタをはじめとする多くの情報機器に共通の基礎技術であることから、その高速・高精度化が切望されていた。そこで、サーボモータ系の位置決め制御について、高速・高精度化における種々の問題点を理論的、実験的に検討し、高速・高精度な位置決め制御手法を明らかにすることを目的とした。

 それまで、現代制御理論については大学で講義を聞いただけの素人で、近くに指導者もいなかったので立上げには苦労した。8ビットや16ビットのマイクロプロセッサーが使われ始めた頃で、現代制御理論がどこまで実機構の運動制御に利用できるかを見極めるために、最適レギュレータや外乱ブザーバを用いて、位置決め制御の限界に挑戦する新しい制御手法を提案したことが懐かしく思い出される。変な先入観が無かったのが幸いしたかもしれない。そして、現代制御理論が実機構の運動制御にもことのほか効果があるのに驚くとともに、机上の理論にも使い道があることを実感した。

■成功の秘訣は開発コンセプト

 ついで、初めて担当したシステム開発だからでもあるが、超大容量光記憶装置(光MSS)の開発も忘れ難い。1980年代後半、画像データベースや高速バックアップファイルを実現できる次世代の記憶装置として、光ディスク装置の高速・大容量化が望まれていた。このような背景に基づいて、従来比10倍の書き込み速度と、最大1テラバイトの記憶容量を持つ光MSSを開発したことである。

 ここで最も重要だったのは、第一世代の光ディスク媒体を用いて互換性を確保しながら、高速で大容量な(書き込み速度が10倍で、記憶容量が1テラバイトの)次世代の光記憶装置を開発するという開発コンセプトであり、これによって、すべての技術開発が決定したと云っても過言ではない。技術的にも、3ビームヘッドの開発によって、世界で始めて、オーバーライト/即時リード機能とともに、5400rpmの高速回転記録を実現して、従来比10倍の書き込み速度を達成した画期的なもので、機械学会賞(技術)などを受賞したが、すべては開発コンセプトから必然的に導かれたものである。数少ない経験からではあるが、システム開発にはニーズもシーズも重要だが、これをまとめる開発コンセプトを固めるのが成功の秘訣と信じている。

■世の中に役立つ研究開発こそ楽しい

 さらに、研究開発の現場からは徐々に離れて、マネージメントする立場ではあったが、通信エネルギーの研究開発も楽しいものであった。ちょうど、地球温暖化防止京都会議(COP3)で温室効果ガス排出の削減目標が議論されていた頃で、高度情報化(IT)社会の進展に伴ってエネルギー消費量が大幅に増加することが懸念されており、地球環境保護の観点からも、エネルギー消費の削減と並んでクリーン発電システムの実現が望まれていた。このような背景から、エネルギーの消費だけでなく、発生から変換・伝達、蓄積に至るエネルギーシステムの研究開発を推進したものである。具体的には、災害などで主燃料(都市ガス)が停止しても予備燃料(LPG)に切替えて発電を継続できる通信用燃料電池システムなどの開発を行った。

 このような研究開発を進める一方で、関西地域で発生した給電系故障の対策にも引っ張り出されるなど、肉体的には忙しい日々であったが、世の中に役立つ研究開発は楽しいもので、精神的には充実していたと感じている。21世紀における人類危急の課題は「環境」と「エネルギー」と「食糧(水)」とも云われている。そうであれば、これら課題の解決に技術を活かしていくかことを考えれば、楽しく研究開発が進められるのではないだろうか。

■まとめに換えて

 大学に異動してからは、新しく生活環境情報工学(生活環境IT)の研究を進めている。10年一仕事と云われるが、10年やれば新しい仕事でも一人前になれると思うからである。若い技術者の皆さんには、21世紀における人類危急の課題の解決をめざして、新しい研究分野に挑戦して欲しいと思っている。

(了)


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