新しい産業・社会システムを創出するセンシング技術

January 20, 2011

エバラ時報,No.230, 巻頭言(2011)

 

■はじめに

テレビ討論などを聞いていると、最近は暗澹とした気分になることが多い。日本経済は、円高の進展や新興国の台頭による海外競争力の低下、少子高齢化や生産拠点の海外移転による国内生産力の空洞化などによって、バブル崩壊以降、本格的な景気回復を果たせずいる。もどかしい限りである。日本経済の再生に必要なのは、一時しのぎの景気対策ではなく、将来を見すえた抜本対策であるという意見は、経済専門家ならずとも、きわめて当然に思われる。

いろいろな抜本対策の中でも、21世紀の人類危急の課題である環境・エネルギー、食糧・水、医療・介護などの課題の解決を新しい産業として育成していくことが必要である。さらに、日本が得意とする最先端技術を活用することで、競争力の高い新しい産業や社会システムを創出することが可能となる。センシング技術もその一つである。一時ほどではないが、情報技術(IT)には安心・安全で快適な未来社会を構築することへの期待がある。この期待に応えるためには、21世紀の人類危急の課題の解決に、ITと融合したセンシング技術をいかに活用するかが重要である。

私どもの研究室でもセンシング技術の研究開発を進めている。具体的には、新しい材料や検出原理を用いたセンサデバイスや情報端末の研究を行うとともに、このような要素技術の研究にとどまらず、ウェアラブルな生活環境モニタリングシステム、雰囲気コミュニケーションシステムなど、ITと融合した新しいセンシングシステムの開発を進めている。以下では、私どもの研究室で進めている日常生活のウェアラブルなモニタリングシステムの研究開発について、その現状と今後の展望を紹介する。

 

■日常生活のウェアラブルなモニタリングシステム

日本では65歳以上の高齢者が2010年には20%を超え、すでに高齢社会が進展し、これに伴って、慢性疾患(生活習慣病)の患者が急増し、医療費も高騰している。そこで、「受け身」型の医療から、健康管理・予防医療へのシフトが急務となっているが、大きな課題の一つは日常生活におけるヘルスケア情報の把握である。このような観点から、日常生活における生体・環境情報(ヘルスケア情報)を長期に渡って常時にモニタリングできる情報処理基盤(人間の日常生活を科学するプラットフォーム)の開発を進めている。

センシング技術に関しては、ウェアラブルセンサと分析技術の両面から、医工連携で研究開発を進めているが、ウェアラブルセンサによって、拘束感のないモニタリングを実現することと、複数のセンサ情報から、人間の行動・体調(体の状態)、心理・感情(心の状態)といった高次情報を抽出して、量的ではなく質的な診断を可能とする分析技術を開発することがねらいである。中でも、生活習慣病対策に有効と思われる血圧、食習慣、ストレスに重点をおいて開発を進めている。

この中で、ウェアラブル血圧センシングでは、日常生活中で連続的な血圧計測を実現することを目的としている。日本人には高血圧が非常に多く、この高血圧に起因する心筋梗塞や脳卒中などのリスク評価指標として、血圧の日内変動パターンや短期変動パターンをモニタリングすることが重要であるからである。安静時のみならず、運動時にも適応できる測定法とするため、カフが不要なウェアラブル血圧センサと新たな血圧算出式の開発を進めているが、併せて、医療現場における検証を進めている。東大病院におけるパイロット研究において、歩行負荷や暗記や暗算などのストレス負荷による超短期血圧変動が把握できる可能性も示されている。ウェアラブル血圧センサによって、これまでにない頻度で、日常生活中の血圧計測を実現することで、新たな医学的知見が得られる可能性があると期待されている。

このようなウェアラブルなセンシング技術を、ネットワーク技術、メタデータベース技術、表現技術などと統合することにより、総合的な情報処理基盤の開発をめざしており、医療・介護を支える将来のPHR(個人の医療・健康情報)システムに貢献したいと考えている。

 

■まとめ

センシング技術を含む情報技術(IT)には、安心・安全で快適な未来社会を構築することへの大きな期待がある。新しいセンシング技術が、医療・介護だけでなく、環境・エネルギーや食糧・水などの課題解決にも大いに貢献し、新しい産業や社会システムの創出につながることを期待している。

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