ライフスタイルを変える指紋認証技術
地球温暖化の所為(せい)と言われているが、異常気象にも慣れてしまった。今年の夏も、前半は記録的な猛暑で、後半には超スローな台風が上陸するなど、予想に違わぬ異常気象だったので、平均的な夏がどんなものか見当がつかなくなってきた。変わらないのは、夏休みシーズンになると電車やバスが空いて快適な通勤ができることと、もう一つは、TV番組に往年の名作映画などの再放送がやたらと増えることである。手抜きだと思いながらも、これに影響される羽目になる。
名作かどうかははなはだ疑問だが、トムクルーズ主演の「ミッション・インポッシブル」を見た。かっての人気TV番組「スパイ大作戦」の映画版で、以前にも見た覚えがあるのだが、生体情報を用いた本人認証(バイオメトリクス認証)がいくつか登場しているというので見直してみた。冒頭で「指紋」が登場するのに加えて、後半では「網膜」、「声紋」が活躍している。バイオメトリクス認証には、この他にも「掌形」、「顔」、「虹彩」、「署名」などが用いられるが、もはや映画の中だけでなく、現実のものとなりつつある。
中でも指紋認証は、性能と価格のバランスから期待が高く、世界中で開発が進められている。指紋認証の歴史は古く、すでに古代エジプトの王や女王は手紙に封印をする封印蝋(ろう)の上に指紋を押して本人確認の証拠としていたようだ。中国、トルコ、インドでも、古くから、指紋を本人確認の手段として使う習慣があったようで、指紋認証の歴史は人類文明とともに始まったと言える。
一方、指紋についてのパイオニア的な研究がなされたのは、19世紀後半のことで、二人のイギリス人によってである。一人はインド・ベンガル地方の収税官であったハーシェル(W. Hershel)で、恩給受給者に指紋を押させて個人識別を行い、二重払いを防止した。もう一人は日本の病院に外科医として勤めていたフォールズ(H. Faulds)で、当時の日本で行われていた拇印や爪印の習慣に興味を持って、指紋の研究を始めたと言われている。彼らの研究は、1880年、相次いでイギリスの科学雑誌「ネイチャー」に発表された。これが基になって、指紋が「終生不変」、「万人不同」であることが学問的に明らかにされ、その重要性が認識されるに至った。
さて、指紋を読み取るセンサとしては、現在は光学式指紋センサが主流となっているが、大幅な小型化・低価格化をめざして、半導体指紋センサの開発も進められている。半導体指紋センサとは、センサ表面(電極)と指紋の凹凸との距離の差を静電容量の差として検出するもので、プリズムやレンズが必要な光学式指紋センサに比べると、薄型化が容易となる。さらに一歩進めて、この半導体指紋センサと認証処理を行う回路とを一体化する「ワンチップ指紋認証LSI」の研究も進んでいる。指紋認証が携帯電話やクレジットカードなどで利用されるのもそんなに遠い将来のことではない。そうなれば、電子商取引だけでなく、個人の習慣や嗜好に合わせたさまざまなサービスが可能となる。ライフスタイルが大きく変わるかもしれない。
世の中、異常気象にとどまらず、相変わらずの不景気であるが、指紋認証が犯罪捜査で活躍するのは映画の中だけにして、新しいライフスタイルを創出する技術として活躍して欲しいものである。