一石二鳥のIT農業
今年の冬はダイコンと白菜のできが悪かった。といっても、これは家庭菜園での話である。自宅の近くにわずかばかりの休耕地を借りて家庭菜園をはじめてから10年余りになる。今では広さも200m2ほどになった。最初は惨憺たる結果だったが、週一農業でも10年もやっていると、1、2週間しかないと言われるその地域に適した種の播き時なども自然に覚えて、ここ数年はダイコンや白菜はそこそこ自給できるまでになっていた。ところが、昨年秋の異常気象には10年余りの試行錯誤から得た知識やノウハウも通用せず、密かな自信を少なからず打ち砕いてくれた。自然は甘くないのである。
家庭菜園なら諦めもつくが、農業を生業(なりわい)とするには自然との絶え間のない闘いを覚悟しなければならないだろう。こんな長年の経験と勘に頼ることの多い農業にもITを導入する機運が高まっている。
最近では、いわゆる野菜工場も操業されており、野菜の成育環境を人工的に管理して生産効率を上げることもできるようになった。しかしながら、経済的に生産できるのはレタスとかサラダ菜といった一部の野菜に限られるようで、ダイコンとか白菜などの大型野菜、米や麦などの穀物を工場生産できるようになるのはまだまだ先のことらしい。
さて、野菜工場もその一つではあるが、もっと広く、一般の農場(圃場(ほじょう))を対象とした精密農業と呼ばれるITを積極的に利用する次世代農業が注目を集めている。精密農業というのはプレシジョン・ファーミングという英語の直訳であって、精密圃場管理といった方が内容をよく表しているようだ。通信ネットワークに接続された各種のセンサやカメラを用いて、圃場内の日照や土壌の状態、作物の成育状況をできるだけ細かい区画ごとに把握し、肥料や農薬などを最適に散布する。肥料や農薬を過剰に散布しないので、生産性を向上するだけでなく環境保全にも貢献する。まさに、一石二鳥の次世代農業である。人工衛星によるリモートセンシングを用いて病害虫の発生や作物の生育異常をとらえたり、GPSを搭載したトラクタによって肥料や農薬を自動散布するなどさまざまなシステムが検討されている。いずれにしても、生産性と環境保全を両立させることが精密農業の大きな特徴であり、生産性に偏重した近代農業とは一味違っている。
古来の農業はそもそも生産性と環境保全のバランスの上に成り立っていたと思われるが、産業革命以後の近代農業は、化学肥料と農薬の大量散布によって大幅に生産性を向上する一方で、甚大な環境破壊をもたらした。自宅の家庭菜園でも農薬こそ使わないが、化学肥料にはお世話になっている。ダイコンや白菜のできの悪いのもひょっとすると化学肥料にも原因があるのかもしれないと反省している。自然と対極にあるITの導入によって環境保全が実現されるというのは皮肉でもあるが、農業の原点を見すえた精密農業には個人的にも多くを期待したい。
21世紀は「ITの世紀」と言われているが、一方で、21世紀における人類危急の課題は「環境」と「エネルギー」と「食糧」だとも言われている。これら課題の解決にITをどのように活用するか、人類の知恵の出し処(どころ)である。