企業の開発と大学の研究を経験して-研究者をストックからフローへ-
日本機械学会誌,Vol.121,No.1196,名誉員から一言(2018)
■はじめに 私はいわゆる団塊の世代であるが、企業で約28年間、さらに大学で約14年間と、企業と大学の両方で研究開発に携わってきた。ここでは、この間を振り返って、「学んだこと」、「考えたこと」をまとめてみた。企業や大学をとりまく状況は異なるが、多少とも、若い技術者・研究者の皆さんの参考になれば幸いである。
■「企業における開発」と「大学における研究」 修士課程を修了して企業の研究所に入社した。当時の研究所としては珍しいが、研究だけでなく、その成果を実用化して、世の中に具体的に貢献することをミッションとしていた。私も、最初の10年間は基礎的な研究に従事したが、その後は主として、システム開発やプロジェクト推進に携わってきた。具体的には、光記憶システムの開発や、COP3・京都会議で地球環境問題に注目が集まった時代だったので、エネルギー削減を目指した通信用エネルギー技術の開発をはじめ、環境情報ネットワークの共同プロジェクトなどに従事してきた。 そして、企業の研究所で30年近くを過ごした後、大学に異動した。将来は大学で仕事をしたいと漠然と思っていたこともあるが、次世代を担う若者の教育に携わることや、もう一度、基礎的な研究に挑戦することを魅力的に感じたからでもある。
■技術は世の中で使われてこそ意味がある 企業において、システム開発やプロジェクトに携わる中で、個人ではなく、プロジェクトチームとして仕事をすることに面白さを感じるとともに、新しい技術で世の中に貢献することを醍醐味の一つと思うようになった。 「企業における開発」と「大学における研究」が対比して議論されることも多い。時間軸の違いや、チームと個人の違いなどが言われるが、企業と大学の両方を経験してみると、「企業における開発」も「大学における研究」も目指すところは同じで、「技術は世の中で使われてこそ意味がある」と思っている。大学ではことさらに論文が重視される傾向にあるが、技術者としても研究者としても、論文(研究)に留まらず、新しい技術(開発)を世の中に出すことを目指すベきだと思うのだが、いかがだろうか。
■研究者をストックからフローへ IoT、ロボット、AI、ビッグデータなど、産業構造から社会構造にまで影響を及ぼす新しい技術が進展している。これにも関係するが、企業と大学との間で、研究者の異動をもっと自由にすべきだと思っている。最近では、企業出身の大学教員も増えているようだが、いずれにしても一方通行で、大学教員が企業に転じ、また大学に戻るような異動については聞いたことがない。 企業においては、新サービスの開発や生産性の向上を狙いとして、IoTやAIなどを早急に導入しようとしているが、一部の大企業を除けば、人材確保に苦労している。一方で、大学においては、若手教員のポストが減少して、ポスドク研究員の行き場がなく、社会的損失になっている。研究者を一つの企業や大学で囲い込まずに、ストックからフローのポジションにすべきである。そうなれば、大学の若手研究者の不安解消になり、企業の人材確保にも貢献する。さらに、大学での基礎的な研究と企業での開発をスムーズに繋ぐことも可能となる。一石二鳥にも三鳥にもなる。
■若い技術者・研究者への期待 私の好きな言葉に、十年一仕事という言葉がある。大学で学生諸君にはたびたび紹介したが、まとまった仕事をするには10年かかるという意味である。逆に、新しい研究や開発でも10年やればその分野の専門家になれるという意味でもあると勝手に解釈している。30代の技術者・研究者であれば、人生80年としても四つか五つの新しい仕事ができることになる。 卒業論文や修士論文でやった一年や二年の研究だけで、その後の専門分野が決まるわけではない。若い技術者・研究者の皆さんには、積極的に新しい可能性にチャレンジし てほしい。技術は世の中で使われてこそ意味がある。新しい可能性にチャレンジして、新しい技術で世の中に貢献されることを期待する。